Dead or Alive +WR

入院

☝️の写メ後、倒れる❗ (*≧∀≦)

術後の経過に伴って、尿酸が排出しにくい体質を加味し排出優先の薬を投与して経過を見る作戦を決行!

これに、諸に当たった❗一年前に薬疹にかかり、その時のDr.に薬疹は回数を重ねる毎に酷くなる、多分次は失明するか死ぬよと言われていた。

本当に成った(笑)

朝半分薬を飲んで【勘違いして勝手に半分にしたんだが(笑)】昼の分を遅れて飲もうと思ったとき!14時30分、何となく体に痒みを感じ始める。

これ!薬疹出たときに似てるな~と思ってる最中にみるみる酷くなる❗発疹も頻発。

嫌な予感がして、ナースコール!先生に連絡するから、様子見て変化有ったら更にコールするように言われたが既にヤバい❗言ってる側から呼吸困難の段階に入り即コール!痒みを感じてからここまで約3分。

先生到着時には危険な状態、その後医療系のドラマや映画で見る状況!みるみる気道が狭まり呼吸が難しく成っていき、数十秒で息が出来なく成る。

輸液全開❕エピネフリン投与❕酸素マスク❕早く❕見たいな、ドラマチックな展開。

病棟全体で大騒ぎだったが、先生初めスタッフの抜群の連携で処置。

そして、エピネフリンの効果が凄い❗即効性には驚いた、太ももに注射してから即効き始めて3分程で楽に成り、10分後には何事も無かったかのようにまで改善、起き上がると若干後遺症は感じるくらいヾ(≧∀≦*)ノ〃

☝️がアナフィラキシーショックを起こして、処置後15分位だろうか?

もう大丈夫だね(笑)機材を外し落ち着いた矢先、2波はもっと早くキツかった❗

発疹がまた出てきた❗コール❕即倒れる❗

同じ行程で処置、先生も走りっぱなしでゼイゼイ言ってる(; ゚ ロ゚)申し訳ない。

2度目の方が進行が早く症状も重くキツかった~( ̄~ ̄;)こう言った症状は回数を増す毎に酷くなる事を身をもって思い知った❗

この段階で死を受け入れはしないが覚悟したので、逗留先のスタッフにその時は頼むと連絡を済ませる。

義理の兄から大日如来真言が音量メールで届く❗骨伝導イヤホンに切り替え聞きっぱなし、骨伝導だけに骨身に染みるヾ(≧∀≦*)ノ〃こんなエールに少々ぴえん(*T^T)

兄には更に感謝である、入院前に借りた中村天風先生の本を前日完読、その著書の中にクンバカハ法と言う呼吸法があるんだがそれを訓練していた矢先だったので、ショック状態に入る寸前に思いだし、にわかでは有るが実践。【ここでは詳しい説明はしないが、肛門を閉めて肩の力を抜く!】

お陰で気が楽に成った(笑)

こんなしてるが、軽く意識朦朧(笑)

内科医も来てベットサイドで症例検討、2波3波の症例は有るがこんなに早く発症した例はない❕通常24時間後翌日辺りに出ることが有るそうだ、何故なんだと皆で首を傾げる。

先生もビックリした~と素直な反応!そんな風に、人間味溢れる先生が大好きだ(*⌒∇⌒*)

先生自身アナフィラキシーショックに遭遇する確率も10年に一度くらいらしく、1日に2度も経験するなんて驚いたと言っていました。

とにかく、危なかった❗(。>д<)

今後の治療方針に投薬の反応が懸念される為、余儀なく作戦変更、先生も悩みどころだ。

短時間に2度も死にかけた【なので+Wとタイトルした(笑)】

その後、自覚出来る余波は5波位まであった❗

素晴らしい体験をさせて頂きました(*⌒∇⌒*)感動してる自分が居る🎵

タイトルの+WRのRだが、説明しよう‼️暇だから説明させてくれ(笑)

1波の時に逗留先のスタッフが着替え等の替えを持ってくる途中に私から薬疹かもと連絡、事情を把握していた方なので、本人も私の死を覚悟したそうです。

1波終息安静中に到着し看護師が物品をロッカーに入れたり、引き上げ品を渡したりと朦朧とするなか何だかやることが有る❗おまけに、役所から病院に届いた書類まで私に届いてしまい、それをスタッフに渡し、面会出来ないので電話で指示し何だか忙しい(笑)

2波の時も現状を仕事上の相棒に一応連絡、この時期相棒にも大切な時期を向かえていて、何となくその後どうしたか聞いてしまった❗ちょうど人生に関わる大切な判断をすべくのタイミング!思わずスイッチが入り説法を初めてしまった、偉そうにである(*≧∀≦)

この時もそこそこ意識朦朧(笑)

この作業をLINEで応答、死んでる暇なんて無かったか。

ここで思う事がある、死を受け入れる暇を与えなかった皆のお陰で生還出来たんだと確信する❗

兄から授かった緊急時の対処法、心構えも私を助けてくれました❗

本当にありがとう、心より感謝致します(*⌒∇⌒*)

これは余談で、極めて個人的な内容だがあえて!

もし自宅や今住んでいる地域の病院でこの状況に見舞われて居たら、私は死んでいたと思う。

何故かと言うとあっさり死を受け入れたはずだからだ❗

そもそも死を覚悟した生き方をしていた【仲間に自殺と言われるような活動してたからね(笑)】、そして物理的な孤独、死後目的が果たせると大いに受け入れたであろうと思う❗

兄に呼ばれ、兄にのところのスタッフに介助してもらい、皆に心配され励まされ孤独ではなかった。

あらゆるタイミングがまるで霊的な感性を秘めるが如く、私は2度に渡る生還をさせて貰いました、今まで死にそうな経験は何度かしてきたが、この年に成ったてまで有るんだな~( ̄~ ̄;)って、とても感慨深い❗

同時に、生き方・やり方・考え方!考え直そうと思う。

全てやり直しだ(*⌒∇⌒*)これをRとタイトルしてみた(笑)

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